20世紀の画期的な芸術活動である表現主義とシュルレアリズムの先駆として高く評価されるジェイムズ・アンソール(1860~1949)の版画展を開催いたします。
アンソールはベルギーの保養地オーステンドの土産物店を営む家に生まれました。ブリュッセルの王立美術学校を中退したのち、故郷に帰り自宅の屋根裏部屋をアトリエとして生涯この地を拠点としましたが、首都の芸術活動と疎遠だったわけではなくブリュッセルの前衛芸術家グループである「レ・ヴァン」(20人会)の創設にも参加しております。初期の作品には印象派の影響を受けた穏やかで暗い色調の室内画や風景画が多く見受けられますが、1987年頃より画面は一転して明るくなる一方、主題も大きく変化しました。骸骨、悪霊、救世主、仮面が登場し、現実の醜悪な姿を暴き出す過激な作品が生み出されます。その激しさゆえにサロンはもとよりレ・ヴァンからも出品を拒否されました。グロテスクでユーモアのある幻想的な表現にはフランドル芸術の伝統が認められ、壮大なスケールで生と死、人間性の寓意が描かれました。
アンソールが初めて銅版画を制作したのは1886年、26歳の時でした。以後1904年のあいだに133点もの銅版画が集中的に制作され主要な作品が出そろいます。これらの版画には素描や油彩画に基づいて作られたものがしばしば確認できます。比較的廉価にしかも複数制作できる版画は広く世間に行き渡るものであり、アンソールにとって自己の孤独な世界と外界とを結ぶこの上なく有効な手段だったのです。
また、なによりも版画はアンソールを魅了してやまなかった光を最もシンプルに最も効果的に表現できる手段でもありました。本展はめずらしい手彩画エッチング30点を含む銅版画を中心にリトグラフを加えたおよそ200点を、ベルギーのアンソール・アーカイヴおよび個人所蔵家の協力を得て紹介するものです。