タイトル等
四方田草炎―竹林
会場
うらわ美術館
会期
2006-04-29~2006-06-18
休催日
月曜日
開催時間
火~金曜日、祝日
午前10時~午後5時(入場は午後4時30分まで)

土・日曜日
午前10時~午後8時(入場は午後7時30分まで)
観覧料
無料
主催者
うらわ美術館
概要
昭和6年から11年頃まで浦和に滞在した四方田草炎(1902-1981)は、戦中、空襲によって手元にあった全ての本画を焼失します。そして戦後、しばらくは本画も描いていますが、次第にデッサンばかり描くようになります。後年、彼は「デッサンが描けなければ、絵描きじゃない。60歳後半までデッサンをやり、80歳までに本画が描ければそれでよい」と語っています。 1947(昭和22)年頃から約3年間、茨城県の霧積山中にこもってデッサンに没頭し、その後1950年代から60年代にかけて充実した制作活動を示しました。
本展出品の「竹」の連作10点は平成17年に新収蔵となったものですが、制作年ははっきりとしていません。しかしこの時期、50年代のある頃に描かれたものと思われます。一部着彩はされていますが、多くの描き直しの線が残ったまま、所々紙を切り貼りして描き直したところもあります。サインや落款も入っておらず、未完のデッサンと言えるでしょう。画面もほとんど竹の幹だけが、一見無造作に無骨に描かれているだけです。情緒的な装飾性などは感じられず、むしろそれらを意図的に廃することによって、却って竹のしなやかな強靭さとでもいうものを表しているようです。一室が全てこの竹の連作で埋め尽くされた時、私たちはそこに現実の竹林とはまた違った四方田の「竹林」を見ることが出来るでしょう。

四方田草炎[よもだ そうえん]1902(明35)年-1981(昭56)年
埼玉県児玉郡北泉村(現・本庄市)に生れる。本名清次郎。1921(大10)年上京し、医学関係の書店などに勤めながら、川端玉章が創始した川端画学校夜間部に通う。1928(昭3)年、川端龍子の私塾、御形塾に入り、翌年、龍子が結成した青龍社へ出品。1930(昭5)年、第2回青龍展に出品した龍子の作品の画題「草炎」にちなみ、師より雅号を贈られる。この頃、浦和町に転居(1936年に東京へ転出)、バラックの画室を借り須田剋太と交流する。戦中、空襲で手元にあった本画をすべて焼失する。1947(昭22)年会発足に参加。群馬県霧積の山中で素描に没頭。デッサン力が尊敬する横山大観に認められる。作陶にも取り組むが、病気のため断念。東京で没。
ホームページ
http://www.uam.urawa.saitama.jp/
展覧会問合せ先
048-827-3215(代)
会場住所
〒336-0062
埼玉県さいたま市浦和区仲町2-5-1 浦和センチュリーシティ3階
交通案内
※うらわ美術館は、「浦和ロイヤルパインズホテル」と同じ建物(浦和センチュリーシティビル)の3階にあります。建物中央付近にあるうらわ美術館連絡用エレベーターをご利用ください。

=電車をご利用の場合=
JR 浦和駅 西口より 徒歩7分
JR 京浜東北線、高崎線、宇都宮線、上野東京ライン、湘南新宿ラインが停車します。
大宮駅から8分、上野駅から20分、新宿駅から25分。

=お車でお越しの場合=
東北自動車道 浦和出口から9キロメートル、
首都高5号池袋線・埼玉大宮線 浦和南出口から4キロメートル、
外環自動車道 三郷方面より 外環浦和出口から5キロメートル、大泉方面より 戸田西出口から7キロメートル。

駐車場について
浦和センチュリーシティビル地下の公営駐車場(有料)をご利用ください。
ホームページ
http://www.city.saitama.jp/urawa-art-museum/
埼玉県さいたま市浦和区仲町2-5-1 浦和センチュリーシティ3階
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