鏑木清方が深く愛した東京は、戦禍ですっかり変わり果て、自宅も失いました。御殿場に疎開していたこともあり、戦後の復興時には東京への転入は許されず、娘や孫たちの住む鎌倉に住まいを探し、材木座に居を構えました。
ここでの最初の仕事は、「鞍馬天狗」、「霧笛」などで知られる鎌倉文士、大佛次郎氏から依頼された、文芸雑誌『苦樂』の表紙絵でした。
戦時中は戦意高揚中心の絵画が好まれたうえ、物資も不足していて、意のままに描くことができずにいましたが、新たな時代を迎え新しい雑誌の顔を飾る仕事にやりがいを感じ、とりわけ力を注ぎました。
編集者も、清方の粋な雰囲気で雑誌をまとめようと、絵に題字等をかぶせることなく、体裁に心を配りました。
『苦樂』には、もう一つの呼び物である「名作繪物語」が掲載されています。文壇の名作に一流画家が挿絵を添えた、味わい深いシリーズは、読者の心をつかんで放さなかったと言われています。
今回は、大佛次郎コレクションの中から、清方の粋を充分味わえる『苦樂』の表紙絵や、「名作繪物語」に寄せた作品をお借りするとともに、当館所蔵品の中から「虫の音」、「雨華庵風流」など鎌倉で制作された作品をご覧いただきます。