一般に工芸品とは、芸術的要素の強い実用品で、主に陶芸・漆芸・金工・染織などの分野において美的価値を備えた作品を示します。ところがこの“工芸”という言葉は、実は江戸時代には使用されておらず、明治維新後の文明開化期になってはじめて使われるようになった言葉です。
特に江戸細密工芸品においては、工芸品という概念は全くなく、それらは普段使いの日用品あるいは身につけて楽しむアクセサリー的な存在でした。江戸期に流行した小さな携帯用たばこ入れも印籠(いんろう)も、櫛かんざし、そして鐔(つば)までが一種の装飾品であったのです。いつも身につけている物こそ美しい、そして自らが納得のいく逸品であること、これが江戸細密工芸品の身上ではないでしょうか。
「木下コレクション」は、これら江戸細密工芸品と、漆工・金工・染織など明治の装飾工芸を合わせ持つ美術工芸品のコレクションです。
“小さきものみな美しい”の観念のもと製作された江戸の細密工芸品と、過剰なまでに飾れた明治の装飾工芸、双方の作品に工芸品のたどった足跡と日本人の感性を感じとることができます。
今回の展示では細密工芸品の繊細な美しさと名匠たちの至芸の数々をご覧いただくとともに、先人たちの残した日本の文化遺産“工芸品”をご理解いただく一助となればと考えます。